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「馬の耳に念仏」の意味、類語、由来等を解説【馬耳東風】

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「馬の耳に念仏」の読み・意味・使い方・例文・語源・由来

 

「馬の耳に念仏」の読み

 
読み

馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ)

 

 

「馬の耳に念仏」の意味

 

意味

いくら意見や忠告をしても、全く効き目がないこと。

 

 

「馬の耳に念仏」の使い方・例文

 

 「愚かだから、他人の意見や批評に耳をかさない」というネガティブな意味で多く使われます。馬の愚かさを例えている馬鹿にした表現なので、目上の人には使わないようにしましょう。

 

 他にも、「自分には理解するのが難しい」「自分には価値が理解できない」と謙遜・自虐する意味で使ったり、「興味が湧かないので聞くつもりがない」と無関心を意思表示する意味でも使えます。

 

例文

よく友人に「脂質や糖分をとり過ぎる生活を続ければ、いつか病気になるぞ」と忠告するのだが、馬の耳に念仏で暴飲暴食をやめる気配が全くない。

 

腹が減っていない今の若者にハングリー精神を説いても、そりゃ馬の耳に念仏となるよな。

 

専門家が電子決済サービスから不正送金された事件を解説していたが、馬の耳に念仏というやつで自分にはとても難解な内容だった。

 

私は高尚な古典文学やクラシック音楽に興味がないので、あんなに丁寧な解説をされても馬の耳に念仏だよ。

 

 

「馬の耳に念仏」の類義語

 

類義語

馬耳東風(ばじとうふう)…他人の意見や批評に耳をかさない。

 

豚に真珠(ぶたにしんじゅ)…貴重なものも、価値が理解できない者には意味がない。

 

猫に小判(ねこにこばん)…貴重なものでも、価値の理解できない者に与えては無駄である。

 

 

「馬の耳に念仏」の由来・語源は『馬耳東風』

 


 「馬の耳に念仏」の由来は「馬耳東風(ばじとうふう)」という言葉で、その出典は李白が書いた「答王十二寒夜独有壊」にある詩「世人之を聞けば皆頭を掉り、東風の馬耳を射るが如き有り(世の中の人々は詩や賦を聞いても、その良さが理解できずに頭を振って聞き入れてくれない。まるで春風が馬の耳をに吹くようなものだ)」です。

 

 「馬耳」は字の通り「馬の耳」のこと、「東風」は東から吹く春風のことです。

 「人は心地良い春風(東風)が吹けば冬が終わり暖かくなると喜ぶが、馬はそうした風が耳をなでても何も感じることはない」という事から、「他人の意見や批評に耳をかさないこと」の例えとして「馬耳東風」という故事成語が生まれました。

 

 やがて、「馬耳東風」は日本に伝えられます。

 「東風」が「念仏」に置き換えられ、「僧侶の念仏を馬に聞かせても、そのありがたみが分からない」という事から、現在の意味「いくら意見や忠告をしても、全く効き目がないこと」になったと考えられています。 

 

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