目次
「馬の耳に念仏」の読み・意味・使い方・例文・語源・由来
「馬の耳に念仏」の読み
読み ■馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ)
「馬の耳に念仏」の意味
意味 ■いくら意見や忠告をしても、全く効き目がないこと。
「馬の耳に念仏」の使い方・例文
「愚かだから、他人の意見や批評に耳をかさない」というネガティブな意味で多く使われます。馬の愚かさを例えている馬鹿にした表現なので、目上の人には使わないようにしましょう。 他にも、「自分には理解するのが難しい」「自分には価値が理解できない」と謙遜・自虐する意味で使ったり、「興味が湧かないので聞くつもりがない」と無関心を意思表示する意味でも使えます。
例文 ■よく友人に「脂質や糖分をとり過ぎる生活を続ければ、いつか病気になるぞ」と忠告するのだが、馬の耳に念仏で暴飲暴食をやめる気配が全くない。 ■腹が減っていない今の若者にハングリー精神を説いても、そりゃ馬の耳に念仏となるよな。 ■専門家が電子決済サービスから不正送金された事件を解説していたが、馬の耳に念仏というやつで自分にはとても難解な内容だった。 ■私は高尚な古典文学やクラシック音楽に興味がないので、あんなに丁寧な解説をされても馬の耳に念仏だよ。
「馬の耳に念仏」の類義語
類義語 ■馬耳東風(ばじとうふう)…他人の意見や批評に耳をかさない。 ■豚に真珠(ぶたにしんじゅ)…貴重なものも、価値が理解できない者には意味がない。 ■猫に小判(ねこにこばん)…貴重なものでも、価値の理解できない者に与えては無駄である。
「馬の耳に念仏」の由来・語源は『馬耳東風』
「馬の耳に念仏」の由来は「馬耳東風(ばじとうふう)」という言葉で、その出典は李白が書いた「答王十二寒夜独有壊」にある詩「世人之を聞けば皆頭を掉り、東風の馬耳を射るが如き有り(世の中の人々は詩や賦を聞いても、その良さが理解できずに頭を振って聞き入れてくれない。まるで春風が馬の耳をに吹くようなものだ)」です。 「馬耳」は字の通り「馬の耳」のこと、「東風」は東から吹く春風のことです。 「人は心地良い春風(東風)が吹けば冬が終わり暖かくなると喜ぶが、馬はそうした風が耳をなでても何も感じることはない」という事から、「他人の意見や批評に耳をかさないこと」の例えとして「馬耳東風」という故事成語が生まれました。 やがて、「馬耳東風」は日本に伝えられます。 「東風」が「念仏」に置き換えられ、「僧侶の念仏を馬に聞かせても、そのありがたみが分からない」という事から、現在の意味「いくら意見や忠告をしても、全く効き目がないこと」になったと考えられています。
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